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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)7240号 判決

原告 大塚化学薬品株式会社

被告 株式会社オリエンタル

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告は別紙記載の方法による袋入りカレー食品を製造してはならない。

二、被告は前項の方法によつて製造した袋入りカレー食品を譲渡し、譲渡のために展示してはならない。

三、被告はその占有にかかる第一項記載の方法により製造された袋入りカレー食品を廃棄しなければならない。

四、被告は原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四五年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨

の判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一、本件特許権

原告は次の特許権(本件特許権という)を有している。

名称   食肉加工のケーシング破裂及び皺の防止法

特許番号 第二九七六三八号

出願日  昭和三三年五月一八日

出願公告 昭和三五年九月三日(昭和三五―一二六三四号)

その特許請求の範囲の記載は次のとおりである。

「本文に記載する如く通気性なきケーシングを用い食肉加工品を作るに当り、真空処理を行つて内容物及びケーシング中より良く空気を排除した後ケーシングを密封したものを殺菌する時レトルト内に加圧空気を送入して加熱を行い、冷却の時、又加圧空気及び加圧冷水を送入して、ケーシングを膨脹せしむる事なく、原型のままにて殺菌と冷却を行う事を特徴とするケーシングの破裂及び皺の防止法」

二、本件特許発明の構成要件

本件特許発明の要旨は次の要件から構成される。

(1) 耐熱性合成樹脂製の袋に食品を充填した後、袋内の空気を良く排除して袋を密封し、

(2) これをレトルト内において加熱殺菌するに際し、加熱による袋の内圧の高まりにつれて、レトルト内に加圧空気を送入して圧力を高め、袋の内外の圧力をほぼ等しい状態に保ちつつ所望時間の加熱殺菌を行い、

(3) しかる後レトルト内に加圧空気および加圧冷水を送入することによつてレトルト内の圧力を加熱時と同様に保ちながら袋入り食品を冷却する

ことによつて袋の破裂および皺を防止する方法。

三、被告の侵害行為

被告は別紙目録記載の方法((イ)号方法という)によつて袋入りカレー食品を製造し、販売している。(イ)号方法の(1)、(2)および(3)の要件は、本件特許発明の右構成要件の(1)、(2)および(3)にそれぞれ該当するから、(イ)号方法は本件特許発明の技術的範囲に属するものであり、従つて被告の右行為は本件特許権を侵害する。

四、原告の被つた損害

原告は昭和四三年二月以降本件特許方法により袋入りカレー食品を生産し、「ボンカレー」なる名称で全国に独占的に販売しているが、原告がボンカレーを問屋に販売する価格は一食分六一円であり、これによつて得られる利益は五円である。

被告は(イ)号方法によつて袋入りカレー食品を製造し、本訴提起時までに問屋へ三〇万食を売渡したから、被告の右侵害行為によつて原告が被つた損害は金一五〇万円である。

五、よつて原告は被告に対し本件特許権の侵害行為の禁止ならびに原告が被つた損害金一五〇万円およびこれに対し、本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年一月九日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁および抗弁)

一、請求原因一の事実および同三の事実中被告が(イ)号方法によつて袋入りカレー食品を製造販売している点は認める。

二、本件特許発明の構成要件

請求原因二の事実は否認する。本件特許発明の要旨は次の要件から構成されると解すべきである。

(1) ケーシングに収容する内容物は、コーンビーフやソーセージのような固形体の食肉加工品であること。

(2) 使用するケーシングは、塩酸ゴムやビニリデン樹脂のような熱収縮性の大なる物質で作られたものであること。

(3) 内容物たるその食肉加工品は、ケーシングの中に肉詰作業によつて膨満状態に詰め込まれたものであること。

(4) その詰め込み作業後これに真空処理を施して密封すること。

(5) その密封したものをレトルト内に収容し、加圧空気を送入して加圧下において加熱殺菌を行うこと。

(6) その加圧空気の送入を持続しつつ、蒸気の送入を停止し、代りに加圧冷水を送入して冷却を行うこと。

以上一連の工程から成る食肉加工品の加熱殺菌処理におけるケーシングの破裂と皺の防止法。

三、本件特許方法と(イ)号方法との対比

本件特許方法と(イ)号方法とを対比すると、(イ)号方法は本件特許発明の構成要件(前項記載)中(5)および(6)の要件は充足するが、その余の要件を欠如する。すなわち、

(1) ケーシング内に収納する食品は、常法によつて料理されたカレー食品であつて、これは流動体であるから、固形体たる「食肉加工品」には該当しない。従つて右(1)の要件を欠如する。

(2) その使用するケーシングは、アルミニウム箔を中層に入れたプラスチツクフイルム製の角形袋であつて、相当の剛性を有し、「熱収縮性」を有しない。従つて、右(2)の要件を欠如する。

(3) カレー食品の袋内への収納は、袋の実容積四〇〇ccに対し、一八〇cc程度のカレー食品を収納するものであるから、膨満状態に詰込むことはない。従つて、右(3)の要件を欠如する。

(4) カレー食品収納後袋を密封するまでにいわゆる「真空処理」を行つていない。従つて、右(4)の要件を欠如する。

従つて、被告の実施する(イ)号方法は本件特許発明の技術範囲には属しない。なお、(イ)号方法はケーシングの破裂防止のための手段であつて、皺の防止のための手段ではない。

四、専有権不存在

仮に、(イ)号方法が本件特許発明の構成要件を充足するとしても、本件特許発明の対象とされている技術は出願当時既に罐詰、瓶詰およびプラスチツクフイルム製袋詰食品の高温殺菌の手段として公知のものであつたから、本件特許権は被告が特許庁に提起した無効審判請求によつて無効とされる運命にあるが、その無効審決をまつまでもなく、出願当時明らかに公知公用となつていた技術に対して誤つて与えられた本件特許権には技術の専有権がなく、従つてこれに基づく差止請求等は許されない。

(抗弁に対する原告の反論)

一、空気排除工程について

本件特許請求範囲にいわゆる「真空処理」なる文言は厳密な意味で用いられているものではなく、単に良く空気を排除するという程度の意味であるから、(イ)号方法の「袋口部を横方向に緊迫せしめることにより袋内の空間部を密着せしめて空気を排除」することが右「真空処理」に該当する。

なお、本件特許発明の目的である加熱殺菌において袋の破裂および皺の発生を防止するためには、請求原因第二項記載の構成要件中(2)および(3)の要件が完全に実施される限り、たとえ(1)の空気排除工程を欠いても右目的を達し得る。加熱時においては袋の内圧の高まりが急激となるから、袋の内外の圧力に差の生じた場合の破裂防止の予備的、補助的な方法として袋内の空気をできるだけ排除するに過ぎないのである。

従つて、本件特許発明の必須要件は前記構成要件中(2)および(3)のみと解すべきであるから、仮に、(イ)号方法がいわゆる「真空処理」を行つていないとしても、加熱時および冷却時を通じて袋の内外の圧力を等しい状態に保つために、右(2)および(3)の要件を採つている限り、(イ)号方法は本件特許発明の技術範囲に属するといわざるを得ない。

二、ケーシングの内容物について

本件特許請求の範囲の記載中に、本件特許発明の対象となるケーシングの内容物が固形体の食肉加工品に限られるが如き限定を示唆する文言はない。コーンビーフでもソーセージでも、あるいはカレー食品でも、これらを合成樹脂フイルム製の袋に密封して高温加熱すれば、袋が破裂することおよび破裂に耐えた袋は冷却によつて皺を発生することは明白であり、内容物が固形体であるか流動体であるかということは右の現象に関して何らの差をもたらさない。本件特許発明の方法を必要とする食品は、固形体か否かという区別ではなく、摂氏一〇〇度以上の加熱を必要とするか否かの点においてのみ区別されるのである。従つて、本件特許発明の技術的範囲が固形体の食肉加工品に限定されるべき理由はない。

三、ケーシングの材質について

発明の詳細なる説明中の例示に塩酸ゴムおよびビニリデン樹脂の記載があるのは、ケーシングの発展して来た歴史に関する説明部分であつて、ケーシングの材質を限定する意味は全くない。特許請求の範囲には、単に「通気性なきケーシング」と記載されているのみで、熱収縮性に関する何らの特定もないのである。また、科学常識上、熱収縮性が大であるケーシングであれば、加熱によつて一旦膨脹した内容物が収縮するに伴いケーシング自体も収縮するから本件特許発明の方法を必要としない。本件特許発明の方法を必要とするのは、通気性がなく、物理的な力による伸長性を有するが、復原力のない(元の状態に収縮しない)材質のケーシングを用いる場合なのである。被告が使用している袋の材質は中層にアルミニウム箔を挾むプラスチツクフイルムであつて、通気性がなく、物理的な力による伸長性を有し、かつ復原力を有しないものであるから、本件特許発明にいわゆる「通気性なきケーシング」に該当することは明らかである。

四、皺の防止について

被告は、(イ)号方法は皺の防止を目的としていない旨主張する。しかし、通気性がなく、物理的な力によつて伸長するが復原力のないケーシングを用いる限り、摂氏一〇〇度以上に加熱すれば、内容物たる食品の水分が水蒸気となつて袋の内圧を高め、そのためケーシングは伸長するが、一度伸長したケーシングは内容物が収縮しても元の状態に戻らないため、必ずたるみを生じる。このたるみが本件特許発明にいわゆる皺なのである。しかし、本件特許発明の主たる目的はケーシングの破裂防止であり、ケーシングの破裂防止のために本件特許発明の方法を用いれば、袋の外圧を内圧以上とすることによつてケーシングの伸長が防止され、その必然的な結果として皺の発生が防止されるから、結局(イ)号方法は皺の発生防止のためにも用いられているといわざるを得ない。

なお、原告が行つた摂氏一一五度以上の加熱殺菌における実験では、

(1) 加圧なしに加熱した場合には、アルミ箔を挾んだ合成樹脂フイルム製のケーシングは、内容物が固形体たると流動体たるとを問わず、すべて破裂し、

(2) 加圧下に加熱した場合でも、加圧なしに急冷した場合は右と同様の結果となり、

(3) ケーシングの破裂を防ぐため、加圧下に加熱し、冷却も最初は加圧下に行い、その後加圧せずに急冷した場合には、右ケーシングは、内容物が固形体のものも流動体のものも、ケーシングの周辺部に細い皺が発生し

た事実が看取された。この事実からみても(イ)号方法がケーシングの破裂防止の外に袋の発生防止にも寄与していることが明らかである。

五、公知の主張について

被告は、本件特許発明の方法は古くから瓶詰食品の製造等において用いられていた手段である旨主張するが、瓶詰食品の場合には冷水を用いて急速冷却することができない(瓶が破損する)から加圧下の急速冷却の手段は採られていなかつた。また、合成樹脂フイルム製ケーシング(中層にアルミ箔を挾むもの、挾まないもの両者を含む)を用いた袋詰食品は本件特許出願前には存しなかつたのであるから、罐詰、瓶詰食品のレトルト高温殺菌法が公知技術であるからといつて、その方法が容器として全く性質を異にする合成樹脂フイルム製ケーシングを用いた袋詰食品の殺菌方法として公知であるとはいえない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一、当事者間に争いのない事実

原告が本件特許権を有すること、その特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりのものであることおよび被告が袋入りカレー食品の加熱殺菌のために(イ)号方法を用いていることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、本件特許発明の内容

(出願当時の技術水準)

いずれも成立に争いのない乙第一号証の二、同第二号証の一および二、同第三号証の一および二ならびに同第六号証によると、つぎの方法がいずれも本件特許出願時既に公知であつたことが認められる。

(1)  罐詰食品の加熱殺菌方法として、加熱の際に容器中に封入された空気が膨脹することにより罐が破損するのを防止するため、まず真空処理を施し、次いでレトルト内で加熱し、最後に速かに常温まで冷却する工程において罐に歪曲を生ぜしめないようにする目的で加圧空気および加圧冷水をレトルト内に送入して冷却する方法

(2)  瓶詰食品の加熱殺菌方法として、加熱の際に瓶内の内圧の増大によつて蓋が離脱するのを防止するため、まず真空処理を施し、次いでレトルト内で加熱する際にレトルト内に高圧空気を送入してレトルト内圧力を加熱中に瓶内に発生する推定最高圧力に等しくして加熱し、最後にレトルト内に加圧冷却水を送入して冷却する方法

(3)  プラスチツクフイルム製袋詰食品の加熱殺菌方法として、加熱する際に袋詰食品容器中の気体や水蒸気の膨脹によつて増大する内部圧力によつて袋が破裂するのを防止する目的でレトルト内を加熱すると同時に水蒸気および空気により加圧し、冷却工程に入る直前にレトルト内に圧縮空気を送入して加圧冷却する方法

(発明の詳細なる説明の記載)

成立に争いのない甲第二号証によると、本件特許公報中の発明の詳細なる説明中には、次の記載があることが認められる。

(1)  ソーセージではケーシングとしては、もと獣腸が用いられた。これは燻煙によつて煙が浸透するから燻煙には適するが水分を透過するから、殺菌の効果を期することは出来ない。その代用としてはセロフアンが用いられることがあるが、これも水分を透過する。この欠点を補うために防湿セロフアンが現われているが、伸縮性が無いから製品の表面に皺を生ずる。これに代つたものが塩酸ゴムケーシング及びビニリデン樹脂ケーシングである。これらのものが現われるに至つてケーシングの面目は一新されるに至つた。

(2)  塩酸ゴムケーシング及びビニリデン樹脂ケーシングは大凡摂氏一〇〇度に於て総体の三〇%内外の収縮性を有しており、この収縮性を利用して皺伸を行うことが出来るのである。

(3)  加熱を終つたものは細菌の芽胞の発芽を防ぐ為に急速に冷却を行うのであるが急速に冷却すると先ずケーシングが冷却して収縮性を失い、次々内容物が冷却して収縮するから、収縮性を失つたケーシングは皺を生ずる。この皺を伸す為に更に今一度加熱を行うのであるが、この加熱は殺菌温度よりも摂氏一〇度内外の高い温度に於て一分間内外加熱し、皺が伸びるのを限度として行うものである。

(4)  従来のソーセージの如きは皺伸しを行つた後製品として市場に出荷したのであるが、コーンビーフの如く摂氏一一五度内外の高熱殺菌を必要とするものは、ケーシングの熱の為に其の強度を著しく低下して、摂氏一一五度内外を以て殺菌を行う時ケーシングの内部に発生する三〇ポンド内外の圧力に耐える事が不可能となつてケーシングの破裂を生ずるに至る。又破裂を免れたものも殺菌温度を更に上廻る皺伸を行う事は実行不可能である。

(5)  本発明は従来のこれらの欠陥を除去しケーシングを破裂する事なく高熱殺菌を完全に行うと共に、高熱殺菌の際に生ずる皺を完全に除去し、皺伸の工程を全く必要とせざるものである。

(6)  斯様にしてコーンビーフは原型のままに於て加熱され、原型のままに於て冷却される結果、ケーシングの破裂する事全くなく、ケーシングの有する収縮性はそのまま有効に発揮せられてコーンビーフの内容物に密着してケーシングには全く皺を生ずることなく、光沢ある美麗な表面を有する製品が得られるのである。

(本件特許発明の内容)

以上認定の本件特許出願当時の容器密封食品の加熱殺菌方法に関する技術水準および発明の詳細なる説明の記載を考え併せると、本件特許発明は、塩酸ゴムケーシングやビニリデン樹脂ケーシングの如く、柔軟な薄い皮膜で、通気性がなく、摂氏一一五度内外に加熱すると破裂のおそれがあり、しかも、右加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するが冷却しても完全には元の状態に収縮しない性質のケーシングに食肉加工品を袋詰めして加工するにあたり、どのようにすれば、これを摂氏一一五度内外まで加熱して殺菌してもケーシングの破裂を防止することができるだけでなく、冷却時に皺を生じるのを防止することができるかという二つの事項を課題として、これを特許請求の範囲に記載のとおり解決したものであつて、右記載にいういわゆる「通気性なきケーシング」は、柔軟な薄い皮膜で通気性なく、摂氏一一五度内外に加熱すると破裂のおそれがあり、しかも右加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するが、冷却しても完全には元の状態には収縮しない性質を有するものに特定されると解さざるを得ない。

被告は右「通気性なきケーシング」とは熱収縮性のあることが必要である旨主張し、本件特許公報の発明の詳細なる説明には、塩酸ゴムケーシング及びビニリデン樹脂ケーシングは、大凡一〇〇度に於て総体の三〇%内外の収縮性を有し、加熱後冷却すると先ずケーシングが冷却して収縮性を失い、次々内容物が冷却して収縮するから、収縮性を失つたケーシングは皺を生ずる旨の記載があるが、右の記載は熱収縮性を有するものを使用しても、なおかつ冷却の際完全に元の状態に収縮しないため皺を生ずるのでこれを防止する必要があることを説明しているに過ぎず、右の説明があるからと言つて、本件発明による解決に対応する課題を熱収縮性のあるものに限定する合理的理由はなく、むしろ、右「通気性なきケーシング」とは、前段認定の如く解するのが相当である。

三、被告使用のケーシング

被告の製品であることについて当事者間に争いのない検乙第一、二号証および成立について当事者間に争いのない乙第五号証を総合して考えると、(イ)号方法にいわゆる中層にアルミニウム箔を挾むプラスチツクフイルム製袋は、通気性はなく、摂氏一一五度内外に加熱した場合破裂のおそれがあるものであることが認められる。しかし、右ケーシングは右加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するものであるとは到底認められないから、本件特許発明にいう「通気性なきケーシング」には含まれないといわなければならない。

原告は、被告の右ケーシングは物理的伸長性を有し、かつ復原力なきが故に加圧下に加熱し、冷却時も最初は加圧下に行い、その後加圧せずに急冷した実験をなしたところ、右袋の周辺部に細い皺が発生した旨主張し、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、右ケーシングが復原力なきことは明らかに認めうるところであるが、右実験において発生した皺であると原告が指称するところのものは、右ケーシングが物理的に伸張した後冷却に伴い発生した皺ではなく、むしろ、右ケーシングが加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長する性質なきがため、ケーシングの内圧によりケーシングの接着部の一部が剥離あるいは部分破裂した結果生じたものであると認められるから、原告の右主張は採用することができない。

要するに、被告のケーシングは、加熱の際に生ずる三〇ポンド前後の内圧により物理的に伸長するという性質のものではないから、本件特許発明の課題を生ぜしめる対象外であり、右ケーシングを用いる被告の方法は中層にアルミニウム箔を挾むプラスチツクフイルム製袋の材料を採用することによつて、皺の発生防止については既に解決しているのである。

このようにみてくると、被告方法が加熱殺菌の際レトルト内に加圧空気を送入して加熱を行い、冷却の時加圧空気及び加圧冷水を送入しているとしても、それは本件特許出願時公知の破裂防止の技術を用いるに過ぎず、本件特許発明の課題に対する解決としての技術思想を全体として用いるものとは到底認めることはできない。

四、結論

以上によつて被告の(イ)号方法が原告の有する本件特許権を侵害することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)

(別紙)

目録

(1) 常法によつて調理したカレー食品を、中層にアルミニムウ箔を挾むプラスチツクフイルムにより成る袋に充填した後、袋口部を横手方向に緊迫せしめることにより袋内の空間部を密着せしめて空気を排除し、ついで袋口部を熱熔着し、

(2) これら袋入り食品をレトルト内に並置した後レトルトを密閉し、該レトルト内に摂氏一〇〇度を超える加圧蒸気と加圧空気を送入して、レトルト内圧一平方センチメートル当たり一キログラム以上、レトルト内温度摂氏一〇〇度以上に約三〇分間保つて加熱殺菌を行い、

(3) ついで、コツクを切り換えて、レトルト内に冷水と空気を圧入して、レトルト内の圧力を加熱時と同様に保ちながら袋入り食品を冷却し、

(4) レトルト内の温度が所望温度に下つた時にレトルト内の冷水を放出し、レトルトを開放して内部の袋入り食品を取出すことにより袋入りカレー食品の加熱殺菌方法。

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